ヨハネ181227「するとすぐ鶏が鳴いた」

 

 27節「それで、ペテロはもう一度否定した。するとすぐ鶏が鳴いた。」

 


 影の権力者アンナスはイエスを十字架で殺すために、ローマへの反逆罪に当たる要因を探します。その陰謀に満ちた言葉は、まるで闇のようにイエスを襲います。しかしイエスは、闇に輝く光のように「公然と」(20)語り、裁判手続きの不正を鋭く指摘します。イエス様には表裏がなく、すべてにおいて嘘がありません。

 人間は神に造られた時点では嘘はありませんでしたが、罪を犯したことで嘘が入り、表裏を持つようになりました。自分の姿を正直に見つめるならば、その言動は矛盾と責任転嫁と利己心という罪に振り回されていると言えないでしょうか。

 ペテロは勇気を出して大祭司の庭まで入りますが、「あなたもあの人の弟子ではないでしょうね」と尋ねられ、3度否定します(17,25,27)。その瞬間、鶏が鳴きました。その鳴き声で、ペテロは我に返りました。「あなたのためにはいのちも捨てます」(13:37)と語った自分が、いかに矛盾に満ちているかを思い知らされました。

 しかしイエス様は、ペテロがこうすることを予告しておられました(13:38)。その意味で、鶏の鳴き声はイエス様が共におられるしるしでもあります。この時、罪の自覚と同時に救いの道が指し示されたのです。

 ペテロの姿は私たちのありのままの姿です。人は神の恵みによってのみ救われることを教えられます。