テサロニケ人への手紙第一1章4〜10節
「信徒の模範」
教会の歴史を振り返ると、迫害が繰り返されてきたことがわかります。イエスは弟子たちが迫害を受けることを予告しておられました(ヨハネ15:19、20)。私たちもまた、迫害が起こることを想定し、備えをしなければなりません。
テサロニケの人々に、イエスを伝えたパウロとシルワノ。彼らは、先の訪問地であったピリピで鞭打ちの刑を受けました。その傷が十分に癒えない身体で、彼らはテサロニケを訪れ、福音を語りました。その姿は、イエスを信じるならば迫害は不可避であることを証ししていました。それでも、イエスを信じる人たちがあり、テサロニケ教会ができました。
この動きにユダヤ人たちは猛反発。パウロたちを強制退去に追い込みます(使徒17章)。テサロニケ教会にも迫害の手は及んだでしょう。それでも彼らはパウロたちに倣い、イエスの弟子として生き抜きました。
迫害の苦しみから逃げないことを、パウロは「信者の模範」(7)と語ります。ともすると、教会堂の大きさや、教会の勢力、効果的な方法やイベント等が人々から注目されますが、これらは「模範」ではありません。
迫害から逃げない強靭な「足腰」は、イエスに対する信仰・希望・愛です。イエスがローマ皇帝以上の権力をもつ神・主であられることを信じる「信仰」、そのお方が私たちを救うために再びこの世に来られることを待ち望む「希望」、私たちの罪を償うために十字架で身代わりに死なれた「愛」です。
「あなたがたも、多くの苦難の中で、聖霊による喜びをもってみことばを受け入れ、私たちと主とにならう者になりました。」(6節)