マタイの福音書1章1〜25節

「インマヌエルの成就」

 

 主イエス・キリストの誕生に際し、天使はヨセフに「その名をイエスとつけなさい」と命じた。「イエス」とはヘブライ語ヨシュアに当たり、“神の救い”を意味する。主イエスはその名の通り、「救い主」として世に来られた。

 主イエスがくださる「救い」とは何か。悩みや苦しみに即座に解決が与えられ、病気になっても癒され、受験には合格し、良い出会いがあり、子どももまっすぐに育ち、老後も安心できる…このような人生は、私たちが願い求める理想の人生であろう。この理想に近づきたくて、私たちは祈る。しかし、私たちの理想通りに祈りが聴かれることはない。なぜなら、これらは主イエスの「救い」ではないからである。

 主イエスは「インマヌエル」と呼ばれる。神が私たちと共におられるという意味である。主イエスによって、神が私の人生を共に生きてくださることこそ「救い」である。理想を求めて祈った通りにはならなくても、主イエスは私たちの祈りを聞いてくださる。主は私たちと共にいて、私たちが祈ったことがらに御手を伸ばして関わってくださる。

 「インマヌエル」の恵みは、まずヨセフに与えられた。彼は婚約者マリヤの妊娠のことで、ひとり苦しみ悩んでいた。神はヨセフと共にいてくださった。彼は救い主の父親になることで多くの困難を引き受けるが、神はその一つひとつに救いの道が開いてくださった。インマヌエルの神の救いは、ヨセフに与えられたように私たちにも与えられる。

 

「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。(訳すと、神は私たちと共におられる、という意味である。)」(23